「投資を通じて、まだ気づいていない自分自身との出会いを提供したい」
投資家一人ひとりの意識が変わり、成長する機会を生むことが社会への大きな影響力になると語るのは、鎌倉投信株式会社の代表取締役社長、鎌田恭幸さん。金融のプロでありながら、単なる利回り追求ではなく「いい会社」を見極める独自の哲学を持つ。
日本全体から「いい会社」を見つけ出し、投資家とともに支える応援団のようなユニークな立ち位置から持続可能な社会づくりを目指し、築100年の日本家屋を拠点に公募型の投資信託「結い 2101(ゆいにいいちぜろいち)」を運用・販売している。
本記事では、鎌倉という地を拠点に選んだ理由や経営者に求める「誠実さ」の真意、そして新しい地方経済における金融のあり方についてお話を伺った。
1984年北海道札幌市生まれ。2007年に株式会社オプトへ入社し、ソウルドアウト創業に参画。営業領域の責任者として全国の中小・ベンチャー企業支援を拡大し、ソウルドアウトの東証マザーズおよび東証一部上場に貢献。その後、CROやマーケティングカンパニープレジデントを歴任し、2024年より専務取締役COOに就任。
現在は「ローカル×AIファースト」戦略のもと、全国拠点展開とデジタル活用を通じて地域企業の成長を後押しし、日本経済の持続的な活性化に取り組む。
目次
築100年の日本家屋に宿る理念と共感を軸にした企業文化
まず島根県大田市出身の鎌田さんが、なぜ鎌倉に拠点を置き、築100年の日本家屋を本社に選ばれたのか。
その背景も含めてお聞かせください。
鎌倉に住み始めたのは25年ほど前、妻の実家があったことがきっかけです。その後、2008年に前に勤めていた会社を辞め、同僚たちと半年かけて「いい会社を応援する」という投資のコンセプトを練り上げました。その結果、「投資を通じて持続的で調和ある社会を作る」という私たちの理念を表現する場所は、「高層ビルが立ち並ぶ東京でも、駅前のビルの中でもないだろう」と考えるようになったのです。
自然があり、伝統文化があり、同時に革新性もある。そうした場所として、皆が通える範囲で選んだのが鎌倉でした。そして、築100年の日本家屋を本社にしたのは、「次なる世紀“2101年”に向けて、人と人、世代と世代を“結ぶ”豊かな社会を、皆様と共に創造したい想い」が込められている投資信託「結い2101」が目指す“100年後のいい社会づくり”という目標を、歴史を感じる場所から発信したかったからです。
雨漏りや床の抜けがあった空き家を、なるべく当時の佇まいと建具などを残しながらリフォームして現在の姿にしました。この100年続く建物から、「続けることの価値」を日々学んでいます。物が良いだけでは続かないですし、何より住む人の想いがつながっていかないと100年は続きません。ここを大切な価値観の軸足とすることで、私たちの世界観に共感してくださるお客様が集まってくださっているのだと感じています。
提供したいのは「まだ気づいていない自分自身との出会い」
投資という行為は、社会や人にどんな影響を与えるものだとお考えですか?
お金を出す株主の存在があって初めて企業は生まれ、企業が存在することで経済や社会が作られていくわけですから、投資がなければ、そもそも会社は存在できません。
そういった観点から、投資は社会のあり方をつくる、最も重要な手段だといえます。世界中80億人の人々が、どこでお金を使うか、そしてどこに投資するかによって、企業のあり方が変わり、社会が変わります。だからこそ、投資は社会のあり方をつくる「根源」であると、私は考えています。
たとえばESGの概念も「社会を変えるのは企業だ」という考え方に則っている側面があるため、企業は親近感を持ちながら受け入れられた印象がありますよね。
お金の使い方は大きく「投資」「消費」「寄付」に分けられますが、その使い方によって企業のあり方も大きく変わってくるんです。投資家から「とにかく安いものを作れ」と求められるのか、それとも「社会にいいものを作れ」と求められるのかによって、企業のモチベーションはまるで違ってきます。
単純にお金を増やすだけを目的とした投資では、本当に豊かな未来は生まれません。株式市場や金融市場にお金を委ねて増やしていく資産運用としての機能も大切ですが、そこに「いい社会、いい未来を作る」という投資の軸を差し込んでいくことが、何より大切だと考えています。
まさに、そのコンセプトが体現されたのが「結い 2101」ですよね。
そうですね。投資がもつ力は、資産形成や社会に与える影響のほかに、もう一つ、個人に与える影響があります。私は、「いい投資は人を成長させ、さらにいえば人格を磨く」と感じています。
私たちが開催する受益者総会※1では、お客様が投資先企業の経営者の話を直接聞く機会を提供しているのですが、そこで参加者の行動変容が起きることがあるんです。本当に創業者が強い想いで「世の中を良くしたい」と、ゼロから事業を立ち上げている姿を見た時、その声を聞いた時に、「自分にも何かできるんじゃないかな」って思う方が少なからずいらっしゃいます。
私たちが提供したいのは、もちろん経済的リターンもありますが、投資を通じて生まれる「まだ気づいていない自分自身との出会い」という最高の出会いです。この投資信託を買ってくださっている2万人の意識が変わることが最大のインパクトで、1人ひとりの成長が社会への影響力となって広がっていくと考えています。
※1 受益者総会とは、「結い 2101」を購入する投資家向けに「結い 2101」の運用状況をよりよくお伝えするため、さらには、受益者、投資先企業、運用者が結ばれる場として、鎌倉投信が独自に、原則として年に一度、決算後に定期開催している催し。受益者総会は、鎌倉投信の登録商標です。
実際に投資先として決定されるまでには、企業との出会いからどの程度の時間をかけられているのでしょうか。
投資先を決定するまでには、1年から2年かけて何度も面会を重ねています。その中で、例えば、会社として何を目指しているのか、ビジョンを深く確認し、その想いに共感する社員が仕事をする様子なども現場で拝見しています。
私たちが自信をもって「応援できる」と確信したら初めて投資をしますので、決定までにかかる時間は業界の中でもかなり長い方だと思います。そもそも運用者が現場に足を運ぶという会社自体が少ないかもしれません。
いい会社の共通項は、社会貢献に対する「強い信念」
鎌田さんが考える「いい会社」の基準を、業績や数字といった定量的なもの以外で表現するとしたら、どのような会社像になりますか?
私たちが考える「いい会社」の定義は、運用を始めた2010年頃からあまり変わっていません。何より重要なのは、本業を通じて本気で社会貢献しようと頑張っている会社であることです。そして、誰かの犠牲の上に利益を出すのではなく、関わる人すべての幸福追求をベースに事業展開している会社だと考えています。
投資候補として具体的な個性(強み)を評価する際には、「人・共生・匠」の3つの視点を重視します。「人」は人の強みを活かしていること、「共生」は社会との関係性を豊かにし、循環型社会に貢献していること、そして「匠」はオンリーワンの技術やサービスがあることです。全てが揃わなくても、どこかに「これはすごいな」と思える個性があれば、私たちは自信をもって長く応援させていただきたいと考えています。
最近、出会いやご出資を通じて「いい会社だ」と感じられた企業には、どのような共通点や特徴が見られますか?
経営者の方々と会話する中で感じるのが、あらゆる事業も社会変革も、すべてはたった1人の想いから始まっていくということです。
創業時の夢や希望が、知名度がない中で資金繰りに苦しむデスバレーのような困難を乗り越えるうちに、覚悟に変わり揺るぎない信念へと変わっていく。何かを成し遂げている経営者は、この覚悟と信念が非常に強いんです。
強い信念こそが人を惹きつけ、言語化されたものが経営理念となっていく。だからこそ、ビジョンや経営理念を大切にしている会社は、困難に際してもしなやかで強いのだと思います。
実際に私たちが投資先とリアルな接点を持っていると、経営理念を実務にまで落とし込んでいる場面に出会う機会が本当に多いです。私たちのお客様にも、そういう現場での取り組みを知っていただく機会を、さまざまな場面で提供しています。投資を通じて、この「いい会社」の輪を広げていきたいというのが、まさに鎌倉投信が目指している世界観だといえますね。
反対に、志は高いのに「もったいないな」と感じる企業には、どのような共通点や特徴が見られますか?
大きく分けて2つのケースがありますね。ひとつは、社長の志は非常に高いのに、事業化する際のチームビルディングが弱いケースです。特に創業間もない会社などに見られますが、成長する際に欠かせない経営チームとしての総合的な力が弱く、組織風土づくりがなかなか軌道に乗せられないのは、非常にもったいないと感じます。
もうひとつは、企業としての健全な成長意欲が落ちてしまっているケースです。安定期に入った中で、新しい商品づくりや顧客創造への意欲が失われ、現在地で満足されてしまうと、社員のモチベーションも下がりやすくなり、社会に対する影響も広がらなくなってしまいます。
必ずしも成長を目的化することが良いわけではありませんが、いい会社だからこそ、世の中に価値を生み出し続けるために、健全な成長意欲は持ち続けてほしいと願っています。
応援したくなる経営者の資質は「情熱」と「誠実さ」
応援したくなる経営者や人には、どのような共通点や資質が見られますか?
やはり一番は想い、そして情熱を持っている経営者ですね。「世の中を良くしたいんだ」という信念がブレない人を応援したいと心から思います。
そして、その信念を実現するために欠かせないのが、信念の裏にある「誠実さ」です。もちろん誰しも自分の欲はありますが、それが自己中心的な欲ではなく、「人にどう貢献するのか」「社会にどう貢献するのか」といった意識をベースに持っている人を応援したくなります。そのブレない信念に原体験となるストーリーがあって、人生とつながっていると感じられると、より深く共感が高まると感じています。
経営者の「誠実さ」や「ブレない信念」は、具体的な行動にどのように表れるのでしょうか。
経営者に成功した理由を尋ねると「たまたま運が良かった」とおっしゃる方も多いのですが、運がいい経営者はつまり「運を引き寄せる力を持っている人」で、そこに誠実さを重ねた生き方をしている共通点があると思うんです。
例えば、納期よりもいかに早く納めるか、期待された最低限のスペックを上回るパフォーマンスを出せるかを真剣に考えること。単に約束を守るだけでなく「約束の守り方のレベルをいかに上げるか」「お客様の期待を超えようとする努力」が誠実さの真意であると考えています。
また、「業績がよい時に踊ってはいけない」という考え方も大切です。会社が好調な時に慢心せず手綱を締め、逆境の時にこそ原点を見失わずに新たな価値創造に向けた攻める姿勢、前向きな気持ちを社内に喚起することこそが経営の本質です。このようなリーダーの謙虚さと誠実さが、企業の信用を支えているのだと思います。
地域文化を守る企業に対する「コミュニティ型」出口戦略
特に御社にとって二つ目のファンド「創発の莟(つぼみ)※2」の運営に際しては地域に根付いて何年も素晴らしい活動をしており、過度な成長よりも存続を重視する文化を持つ企業に対して、鎌田さんはどのようなアクションを取られるのでしょうか。
成長そのものよりも、地元において一定の経済圏や文化圏を維持できる会社が多く存在しているという事は、私は非常に大切なことだと考えています。
地方によっては、経済的に発展し続けることに限界のあるケースもありますが、それも日本における一つの立派な生き方です。成長し続けるマーケットと同様に、成長はしないものの、魅力的で持続可能な町を作ったり、文化を残したりする会社を増やすことは必要不可欠で、鎌倉投信としてもぜひ推進していきたいことです。
私たちのファンドの運用コンセプトと考え方が合う会社であれば、もちろん投資したいという想いがあります。あとは、投資される側にとって、私たちのような外部資本があった方がいいのか、それとも自前で経営していった方がいいのかというバランスは、丁寧に話し合って決めていく必要があると考えています。
※2 「創発の莟」は、有限責任投資事業組合で金融法人や事業会社など特定投資家向けの私募ファンドで、個人など、一般投資家の方がこの組合に持分出資することはできません。
一方で、ファンドというビジネスモデル上、一定のリターンを回収する必要があるかと思います。全ての企業が上場を前提としていない中で、鎌田さんが考えられている未来の出口戦略としてはどのような形があり得ますか?
おっしゃる通り、投資である以上リターンは必要です。その未来の出口戦略としては、今までのようなIPO(新規株式公開)とは違う、多様な形が生まれてくるだろうと考えています。
目指したいのは、地域に根差した企業がモデルケースとなり、それが他の地域へ横展開できるような形です。例えば、そうした企業が存在することによって様々な人や機能が結びつき、地域商社のような役割を果たしつつ、その地域全体がバリューアップすることで会社の価値も上がる、といったイメージは一例です。
ものすごく高いリターンである必要はありませんが、会社が緩やかに成長して安定したという状況であれば、地元の方々にその株を持ってもらう。その会社を応援する、共感する企業や個人が株を少しずつ持ち合う、コミュニティ型の株主形成がこれから増えてくるのではないでしょうか。起業家が一緒に町をつくるような、町全体が株式会社のような形ですね。地域と投資家が長くつながり続ける、新しい金融のあり方を追求していきたいと思っています。
若手起業家へのエールは「失敗を恐れず自分らしく生きる」
最後に、次世代の若い経営者のみなさんに対する期待や「こうあってほしい」という想いがあればお聞かせください。
今、起業家はどんどん若くなっていますよね。若いということは、失敗しても良いということです。失敗はただの経験でしかありませんから、その失敗を上回るリターンが将来あるということに、どんどん挑戦してほしい。それが一番のメッセージです。
今は多様な生き方が選べる時代であり、その挑戦の過程で、いろんな人との出会いが必ず自分を成長させてくれます。大事なのは、その想いに対して純粋であるかということ。私利私欲ではなく、いろんな人の力を素直に借りることです。
この「素直さ」というのは、「目の前の時間をいかに自分らしく生きるか」ということだと考えています。現在の積み重ねこそが人生を形成し、今この瞬間に何を考え、何を行うかが、必ず成功を導いてくれると信じています。
本日はありがとうございました。
北川 共史 TOMOFUMI KITAGAWA
編集後記
鎌田さんの語る「投資」は、もはやお金の話ではありませんでした。
それは、"どんな社会を信じるか"という人間観の表明だと感じました。
信用とは数字ではなく、人の営みの蓄積であり、誠実さの持続である。
百年続く家屋に宿る思想のように、鎌倉投信さんの哲学もまた、時を超えて「善く生きる」を問うのだろう。
経済を超えた人の幸せを見つめる鎌田さんのまなざしに、資本の未来を見た気がします。