福祉を起点にビジネスの壁を越える
異彩の起業家が岩手から描く新たな勝ち筋

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「兄を幸せにしていくための会社でありたい」
力強く語ったのは、株式会社ヘラルボニーの松田文登氏。同社は、主に知的障害のある作家が描くアート作品をIPライセンス(知的財産)として管理し、自社アパレルブランド「HERALBONY」や企業コラボ商品、空間プロデュースまで幅広い領域で、社会に新たな価値を提供している。
岩手県盛岡市に本社を置き、独自のビジネスモデルを確立した松田氏に、創業時の泥臭い営業活動から、適正価格へのこだわり、そしてIPOを見据えた組織づくりまで、地域発スタートアップのリアルな挑戦を伺った。

北川 共史
loconomiQ 編集長 ソウルドアウト株式会社
北川 共史 TOMOFUMI KITAGAWA
代表取締役社長CEO

1984年札幌市生まれ。2007年オプト入社、ソウルドアウト創業に参画。営業責任者として中小・ベンチャー支援の拡大を牽引。事業成長ならびに上場に貢献した後、CRO、マーケティングカンパニープレジデントを経て、2024年より専務取締役COO。現在は「ローカル&AIファースト」構想を掲げ、全国拠点展開とデジタル活用を通じた地域企業の事業成長支援を推進。2026年4月、代表取締役社長CEOに就任。あわせて、博報堂DYホールディングス執行役員に就任。

目次

    建設現場の仮囲いから始まった、異彩を放つビジネスの第一歩

    創業初期、どのようなきっかけでアートをビジネスとして軌道に乗せることができたのでしょうか。

    最初は本当に手探りの状態からのスタートでした。

    私自身が以前、建設関連の仕事に携わっていたこともあり、まずは建設現場の仮囲いに目をつけました。建設現場の仮囲いは通常、真っ白な壁面が続いているだけで非常にもったいない空間だと感じていたのです。

    そこで、この仮囲いに障害のある作家たちのアート作品をプリントして展示するというアイデアを思いつきました。それでも「社会に良いことだから」という理由だけでは、なかなか費用を出してまで導入していただくことはできませんでした。

    企業側としても、当時はCSRやSDGsといった言葉だけでは予算を割くのが難しかったのです。だったら、明確にビジネス上のメリットを提示しようと考え抜きました。

    具体的に、どのようなビジネス上のメリットを建設会社に提示したのでしょうか。

    建設業界には「工事成績評定」という、非常に重要な評価指標があります。80点以上を獲得すると高得点とされ、次の入札工事で優遇されやすくなるという仕組みが存在するのです。何億円もの仕事を取りやすくなるかどうかがかかっているため、現場にとって重要な指標とされています。

    そこで私たちは、県議会議員の方々になどに働きかけ、「仮囲いに地域作家のアートを使用することが、この評価の加点対象になるのではないか」と議会で質問していただくなどのプロセスを踏みました。その結果、「ヘラルボニーのプログラムを導入すれば加点対象になる」という事実上の言質を取ることに成功したのです。

    その仕組みを作り上げた後、実際の現場への営業活動はどのように進めていったのでしょうか。

    加点対象になるという武器を手に入れた後は、直接現場の所長に営業に行きました。

    大抵の場合、一定金額の範囲内であれば現場の所長が予算の決定権を握っています。「これを導入すれば評定が1から2点アップして、所長自身の評価も上がりますよ」と、非常に実利的な営業を展開しました。

    現場の所長からすれば、どんなに素晴らしい理念を語るよりも、最終的に自分たちの評価に直結する具体的な提案の方が響きます。これは単に社会貢献を訴えるのではなく、完全にビジネスライクなアプローチでした。

    この座組が完成したことで、渋谷や群馬の高崎など、全国各地の現場でアートが採用されるようになり、初期のビジネスを支える大きな柱となりました。

    泥臭く全国行脚で築き上げた福祉施設との信頼関係

    創業当初は、資金繰りの面でも非常に大きなご苦労があったとお聞きしました。

    おっしゃる通りで、最初は本当に資金がなくて苦労の連続でした。銀行の窓口に行っても、なかなか相手にされずお金を借りることはできませんでしたね。私の父自身が銀行員だったこともあり、「こんな福祉を絡めたビジネスモデルで融資が下りるわけがない」と冷ややかに見られていたほどです。

    それでも、どうしても双子でやりたいという強い意志があったため、貯金を切り崩しながら必死に活動を続けました。何もないゼロの状態で企業に営業に行っても、「担当者が忙しいので5分でお願いします」「無料なら考えます」とあしらわれることは日常茶飯事でした。

    最終的には、1年ほどかけて少しずつ実績を積み上げ、ようやく融資を受けられるようになりました。

    資金も実績もない中で、どのようにして全国の福祉施設を開拓していったのでしょうか。

    「夜行バスに乗って、全国の福祉施設を双子で回り続ける」という泥臭い行動を徹底しました。お互いにルートを分け、京都に行って、次は福岡に行って、、、という具合に、アートに特化している福祉施設をリストアップしては全て直接訪問して回りました。

    交通費と宿泊費を極限まで切り詰めるため、ルールとして「1泊3,000円以内」と決め、夜行バスで移動するか、現地のカプセルホテルやゲストハウスに泊まり込む生活を続けていました。

    そこで施設の職員さんや作家さんたちに直接お会いし、「私たちはこういうビジョンを持っていて、アートを軸に社会を変えたいんです」と熱量を持って語り続けました。当時は、彼らになんの利益ももたらすことのできない存在の私たちでしたが、それでも熱意をぶつけ続けました。

    そのような地道な活動が、現在の強固なネットワークへと繋がっていったのですね。

    はい、あの時期の行動は本当にやって良かったと心から思っています。今になって振り返ると、あれがすべての信頼の基盤になっています。私たちがどれほど本気で取り組んでいるかを直接伝えることで、「この若者たちなら一緒に面白いことができるかもしれない」と信じてくれる方々が少しずつ増えていきました。

    現在では、フランスなど海外の施設を回る際にも、全く同じアプローチを取っています。結局のところ、自分たちが作り出すビジネスが作家たちをどう豊かにするのか、そしてそれを社会にどう伝えていくのかを最前線で対話することが、最大の信用獲得に繋がるのだと確信しています。

    ビジネスにおいて効率化は重要ですが、泥臭く対話を重ねていくことの価値は決して失われないと信じています。

    「障害福祉=ビジネスにならない」の常識を覆す正当な価格へのこだわり

    アートを活かしたプロダクトを展開する上で、思い切った価格設定に不安や恐れはなかったのでしょうか。

    「少し安くして売りやすくしよう」といった妥協や恐れは、一切ありませんでした。

    私たちが最初に手がけたプロダクトはシルクの織物を活用したネクタイだったのですが、最初から「良いもの、かっこいいものを作る」というスタンスを貫きました。

    障害があるからといって、同情や支援の文脈で買ってもらうのではなく、純粋にクオリティの高さで勝負したかったのです。もし最初から安売りをして「福祉の支援グッズ」というカテゴリーに入り込んでしまえば、私たちが目指す「障害のイメージを変える」という目的は絶対に達成できないと考えていました。

    社会に対して逆張りをしてでも、マイノリティからの挑戦状として、正当な価格で最高のプロダクトを世に出し続けることにこだわりました。

    福祉と経済を強固に結びつける姿勢に対し、周囲からの逆風などはなかったのでしょうか。

    当初は「福祉の世界にビジネスや株式を持ち込むなんて、水と油だ」と、強いアレルギー反応を示す方も少なくありませんでした。福祉業界には、ボランティア精神や無償の愛を重んじる方々が多く、各々が持っている「正義」が存在します。

    私は「正義の反対は、また別の正義だ」と考えており、彼らの主張を決して否定することはありませんでした。むしろ、現在でも時間が許す限り全国の福祉施設を行脚し、福祉界の重鎮と呼ばれる先人たちと直接お酒を飲み交わし、対話を続けています。

    私たちのやり方に100%賛同しなくても、「挑戦は応援するよ」と言ってくれる関係性を築くことができました。先人たちが切り拓いてきた道の上に私たちがいるというリスペクトの念は、決して忘れることはありません。

    現在はアパレルに留まらず、音楽や空間などへもビジネスの領域を広げていらっしゃいますね。

    私たちのコアにあるのは、アート作品そのものを売ることではなく、作家の持つ異彩をIP(知的財産)として展開していくことです。既存の現代アートの枠組みや評価経済の中で勝負するのではなく、ヘラルボニーが切り拓く「新たなジャンル」への共感や共鳴を生み出す新しいマーケットを創出したいと考えています。

    そのため、あえて既存のアートコミュニティには深く入り込まず、外部から境界線を越えていくスタンスを取っています。近年進出している空間プロデュースや音楽領域などでは、多彩なクリエイターとも協業しています。

    根っこにあるビジョンさえブレなければ、表現のインターフェースはどこまででも広げていけるという確信のもと、常に実験を続けています。

    盛岡を拠点に据える理由 ローカルだからこそ生まれる熱狂と合理性

    東京などの大都市ではなく、あえて岩手・盛岡に拠点を置き続ける理由を教えてください。

    根源的な理由として最も大きいのは、やはり重度の知的障害を伴う自閉症の兄が住んでいる事実です。「誰を一番幸せにしたいか」と考えたとき、まずは地元で生きる兄を幸せにできる会社でなければならないと思っています。

    また、ビジネスとしても、イタリアの片田舎にあるブルネロ・クチネリの事例から大きなインスピレーションを受けています。過疎化が進む人口500人の小さな村に本社を置き、図書館や学校、雇用を創出し、世界的なブランドを構築しながら村全体を再生させたというストーリーです。

    私たちも将来的には、この岩手の地から、人間主義をベースにした新たな資本主義のあり方を示すような、本当の意味での「理想郷」を作り上げたいと本気で考えています。

    実際に地方で経営を行うことの「合理性」や「強み」については、どのように感じていらっしゃいますか。

    地方は、スピード感と結びつきの強さが圧倒的に違います。
    東京では人間関係が希薄になりがちですが、盛岡では熱量の高いネットワークが存在します。例えば、東京からゲストがいらっしゃった際には、声をかければその日のうちに岩手のキーパーソンが一気に集まり、そのまま夜遅くまで酒を飲み交わすことができます。

    そこで生み出された合意形成や、肩を組んで語り合った時間は、東京で1時間の会議を何度繰り返すよりもはるかに強固な信頼関係を築きます。まるで全員で一つのお神輿を担いでいるような一体感。この熱狂の連鎖こそが地方でスタートアップを経営する最大の合理性であり、独自の競争優位性になっていると感じています。

    IPOを見据えて 資本主義の圧力から「譲れない理念」を守り抜く仕組み

    組織が急激に拡大し、IPOも視野に入る中で、成長スピードと社会性の両立に難しさを感じることはありますか。

    売上目標が毎年150%増といった高い水準を求められる中で、正直なところ天国と地獄を繰り返すような、非常にタフな局面に直面することもあります。現在はベンチャーキャピタルから出資を受けており、ビジネスをスケールさせるためのシビアな数字のプレッシャーと日々向き合っています。

    社内でも、数字を追う「PL(損益計算書)」の世界観と、理念を語る「BS(貸借対照表)的、未来的な視点」のバランスを取ることに苦心しています。しかし、社会的に良いことをしていると言いながら事業として全く成立していなければ、それは非常にかっこ悪いことだと思っています。

    私たちはあくまでビジネスとしてしっかりと結果を残し、成長し続けるという覚悟を持っています。逃げずに結果を出すからこそ、発言権を得られると考えています。

    上場後に資本主義の圧力が高まった際、ヘラルボニーの「理念」を守り抜くための解決策はあるのでしょうか。

    IPOで会社が大きくなり、さまざまな株主が入ってきたとしても、「作家への還元率」といった私たちにとっての譲れない聖域だけは、絶対に守り抜きたいと決意しています。そのための仕組みとして、独自の「財団」を2026年1月に設立しました。

    この財団にある程度の株式と議決権を持たせておくことで、私や社長が後々経営の第一線から退いたとしても、財団がアクティビストのような立場で、利益至上主義への歯止め役となることを想定しています。

    単に株主の期待に数字で応えるだけでなく、社会的なインパクトを永続的に生み出し続けることができるのか。インパクトスタートアップとしての持続可能な成長と理念の両立を、日本における新たなモデルケースとして世の中に提示していきたいと強く願っています。

    これからのご活躍も応援しております。本日はありがとうございました。

    北川 共史

    北川 共史 TOMOFUMI KITAGAWA

    編集後記

    取材を通じて胸に刻まれたのは、福祉とビジネスの狭間で「正義の反対は、また別の正義だ」と語りながら対話を重ねる松田氏の姿でした。
    創業当初、お父様から「融資が下りるわけがない」と冷ややかに見られたという話には、理想の前に立ちはだかる壁の重さが滲みます。「同情ではなくクオリティで勝負する」スタンスを崩さず、夜行バスで施設を回った泥臭さは、覚悟の表れであると感じました。
    岩手・盛岡を拠点に、障害のある兄を幸せにしたいという動機と「理想郷」のビジョンを重ねる発想は、ローカルな熱狂と資本主義の圧力の両立を問う、いまのスタートアップの縮図のようでもあります。
    IPOを見据えた成長と、譲れない理念を両立させようとするヘラルボニーの挑戦が、地域発のビジネスにどんな示唆を与えていくのか。その続きをこれからも見届けたいと思います。

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