「基本、脳みその中はビジネスですよ。残念ながら。」
開口一番、笑いながらそう言い切ったのは、島根県松江市を拠点に高齢者向け配食・給食事業を展開するモルツウェル株式会社の代表取締役・野津積氏。1996年に大手弁当チェーンのフランチャイズとして創業した同社は、在宅・施設向けの配食・給食事業を核としながら、ドローンデリバリーや多様な人材活用など複合的な事業展開で業容を拡大し続けている。
人口減少が加速する島根の地で「弱い人を見捨てられない」と言い切る経営者が、なぜ着実に成長し続けられるのか。付加価値の高いものを富裕層に売る方が合理的と頭では理解しながら本音を語る野津社長のビジネス観は、地域発の経営者に多くの示唆を与える。
本記事では、ほっかほっか亭でのデリバリー日本一を皮切りに、なぜ「誰もいない市場」を選び続けるのか。独自のデータマーケティング、多様な人材を活かす組織論、そして今後のロードマップまで、その戦略と思考法に迫った。
1990年生まれ。宮城県塩竈市出身。福島大学卒。2013年にソウルドアウト株式会社へ新卒入社。成果改善支援室(現:クリエイティブソリューション部)を経て、営業部に異動。新規営業・既存営業、チームマネジメントを経験し、2017年上期 社長賞を受賞。入社時より希望していた仙台営業所の立ち上げを2018年6月に有言実行する。立ち上げ半年で営業所を軌道に乗せ、全国6拠点を束ねるエリアグロウス戦略推進部を立ち上げ、部長に就任。2020年3月より、東京の既存営業部部長を経て、7月よりデジタルマーケティング第一支援本部 本部長に就任。その後、2021年4月より不動産・金融・教育・BtoBの顧客に特化したリードビジネス本部を立ち上げ、本部長と金融部部長を兼任。2022年4月より現職。
目次
ビジネスで稼ぐことは、地域を守るだけではなく、地域の未来をつくる主体となれる手段の一つ
地域貢献とビジネスの両立は難しいテーマですが、日々の意思決定においてどちらを軸に考えているのでしょうか。
基本、脳みその中はビジネスですよ、残念ながら。
持続しないと話にならないんです。田舎にいる分、このふるさとをどうやって残すか、この状況を持続させるかは常に考えています。 ただ、そのためには原資が必要で、原資を取り続けることが前提としてある。その上で地域のことを考えているので、実は「地域ファースト」というわけではないんです。
まちづくりをやっている人たちのことは、それはそれで大事だし応援したいと思っています。ただ私がやれと言われたら絶対できない。その方々は四六時中人と接しているじゃないですか。私の場合、特に土日はできるだけ人に会いたくないくらいですから。
役割分担だと思っていて、プレーヤーが少ない田舎だからこそ、得意なところをちゃんと担う。寄り添う人と持続可能なビジネスを作る人、それぞれが本気でやれば地域は成り立つと思っています。
「稼ぐためなら何でもいい」ということではなく、そこにはポリシーがあるのでしょうか。
稼ぎたいんですよ。付加価値の高いものを特定の人に売る、お金持ちにアプローチする方が利益率も高いし、やりやすいとも理解している。やりたいとも思う。でもできないんです。
結局、「やっぱり弱い人をなんとかしたい」という気持ちがあると思うんですよ。「この人たちを見捨てられないじゃん」と。そうすると、彼らが食べられる価格帯で365日提供できるものを、その予算の中でどうやって楽しめる形で届けられるかが、すごく重要だなと思いました。
そしてなぜその難しい道を続けられるかというと、やる人がいないからやりやすいんです。スタンダードになりやすいし、10個ぐらい試すと1個くらいグッといくものが出てくる。ドローンも今そんな感じです。社会的価値と経済的価値の両立を意識しているわけでもないですが、国が求めているものがそういう企業作りなんですよね。僕らは分かりやすい領域でやっているだけかなと思っています。
田舎だからこそ「普通は考えないこと」をやり続けた
現在の事業の原点はどこにあるのでしょうか。ほっかほっか亭のオーナー時代から教えていただけますか。
働いていたホテルを辞めた後、本部が既存店のオーナーを募集する新聞広告を見て、月商500万円という数字に「弁当屋でこんなに売れるのか」と驚きました。すぐに電話して、3カ月後にはオーナーで店舗を持っていました。
立地の良い島根大学の近くの創業店ではそれなりに売上があったんですが、人口の少ないエリアに出店すると全然お客さんが来ない。夜8時になると犬しか歩いていない田舎でどうやって商売するんだと思い、こちらから出向くしかないねと、デリバリーを始めました。
当時の本部の契約書には「デリバリー」の文字が一文字も書かれていなかったんです。やってもいいとも書いてないし、ダメとも書いていない。だったらやろうでやってみたら、あったかい弁当が届くというのが珍しくて、一気に売り上げが上がりました。
本部からは「やめろ」と言われ続けながらも、約半年間続けた結果、売上が日本一になりました。そうすると「素晴らしい」「これからの時代はデリバリーだ」と、本部の言葉が変わりました。
1等賞を取るとルールが変わるんだと思いましたね。ゲームというよりルールがスポンと変わった体験で、小さいマーケットでも1等賞になるということの重要性は、今もずっと意識しながらやっています。
その後、エリアフランチャイザーになる話を断り、高齢者向け配食に転換されたのはなぜでしょうか。
「3つのエリアを任せる」という大きなチャンスが来た時、すでにコンビニやスーパーの惣菜コーナーの台頭で弁当業態の売上が落ち始めていました。嫌な匂いがしたため断り、高齢者向けの配食に移っていきました。
島根のような人口密度の低いエリアでは、来店待ちの商売では成り立たないんです。半径500メートルの都会型ビジネスモデルは通じない。だから、届けるしかない。高齢者向けの配食も発想はまったく同じでした。デリバリーで稼ぐ方程式が、別の市場で再現できると直感していました。
後に本部の系列が独自で高齢者向け配食を始めたんですが、うまくいかなかったようです。田舎は普通は考えないことをやらなければ稼げないけど、先にやれば先駆者になれる。そういうエリアでもあると思います。
2000年代から始めた データマーケティングの原点
デリバリーを始めたことで、売上以外にもメリットがあったのでしょうか。
デリバリーをすると、顧客台帳ができ始めるんですよ。テイクアウトだとどこに住んでいるかわからないけど、配達するとわかる。 3ヶ月間注文のないお客さんにダイレクトメールを送り始めると、だいたい6割くらいが買いにきてくれる。そういうデータが取れるようになりました。
これが2000年初頭のことです。大学で統計学を専攻していたので、なんとなくそういう意識があって。割引チケットを各エリアに配布して、どのエリアからどれだけ戻ってくるかに印をつけて管理していました。このエリアはこれだけ返ってくる、なら重点的にポスティングしよう、といったことをちょこちょこやっていたんです。
現在はCRMなど顧客管理ツールを活用して、企業別にメールを送りましょうという時代になっていますが、2000年には紙を使ったアナログな手法でもうやっていました。
そのデータ発想は今の事業にもつながっているのでしょうか。
これから挑戦したいのは、元気なお年寄りをラストマイルの担い手にすることです。ドローンで中山間エリアへ届けたモルツウェルの配食を、元気なお年寄りが一人暮らしの高齢者の自宅まで届ける仕組みです。
届ける側は感謝されてお金をもらい、歩くから健康になる。受け取る側は食事と人とのつながりが届く。3者にとっての利益が重なる座組みを考えています。
健康寿命のデータを島根大学の人間科学部と一緒に集計していけば、予防医学の観点からも弁当と健康のつながりが証明できるかもしれませんよね。
データを取ろうという発想が自然にあって、そこから次の一手が見えてくる。これは2000年からずっと変わらず、現在もやり続けていることですね。
障害者・高齢者・外国人が担う現場 活かす経営の実際
工場では実に多様なバックグラウンドを持つ方が働かれているという印象でしたが、これは意識的な採用方針なのでしょうか。
60歳以上の高年齢スタッフが全体の約30%、障害をもつスタッフや外国人スタッフもいて、トータルで4割ほどがいわゆるマジョリティではない構成です。 田舎で意識的に選ぶ余裕はなく、来るもの拒まずの結果として、こういう割合になっていますが、結果としてインクルーシブな誰でも働きやすい職場環境をつくるきっかけにもなりました。
障害のある方についても、私たちの会社では当たり前に仕事をしています。 「障害者をドライバーに?」などの声もあるんですが、健常な人も事故を起こしてしまう可能性はあります。
障害がある人もない人も同じだという思いです。今は障害のある方だけでワンオペで運営している厨房があるくらいで、一人ひとりの特性を見極めながら協力し合っています。
最初の障害者雇用は工場を始めた頃のことで、養護学校から高卒の方を雇ったんですが、運動神経が良いなと思ったら、フランスワールドカップの障害者部門の代表選手でした。普通どころかそれ以上に仕事ができる。そこからネガティブなイメージが一切なくなりました。
通常の社員と障害のある社員の間で、何か特別な関係性や配慮はあるのでしょうか。
なにもないと思いますよ。できないことや苦手なことがあるということはみんなわかっているので、強みを生かして弱みを消し込むチームをつくっているだけです。 私も計算は得意ではないし、みんなそんなもんだと思う。それぞれ得意不得意があって、それを前提に付き合っているので、百点なんて誰もいない。私も含めて絶対いないでしょう。
どんな子でも活かすと決めてしまえば、そうなっていくんです。田舎で優秀な人材だけを並べられるわけがないし、それぞれのいい感じのところに配置していく。それが田舎の経営かなと思いながらやっています。
物量ナンバーワンを目指す 今後のロードマップと組織戦略
今後の事業展開において、優先順位はどのように考えていらっしゃいますか。
基本的に、1等賞を取りたいです。マーケットとしても物量としてもナンバーワンを取る。100億円という目標についてはよく聞かれますが、計算してみると普通に超えられる。私たちにとって100億円は高い目標ではないと考えています。
MAも含めて、とにかく足し算で持っていこうかと思っています。
さらに、先ほども話した中山間エリアへのラストマイル配送「ジーバーイーツ」という構想も具体的に動き始めています。 日南町でコンサル案件として始まっているというお話を聞いて着想を得ました。
20年前に営業で「三河屋21」という新聞配達のコンサル会社の人と出会って、「冷蔵庫の中にお惣菜を入れて、置き薬みたいにできたらいいね」という話をしていたんですが、その相手が今まさに「ジーバーFOOD」というスタートアップの取締役に入っている。
プレイヤーがそんなに変わっていないということは、それだけイノベーションが起きていない、難しい領域でもある。悪くないなと思いながらやっています。
急成長に組織が追いつかなくなるのではという懸念はありますか。人材戦略についても聞かせてください。
やりたいことがいっぱいあるのに、人がいない。自分しかいない状態は良くないなと思っています。 そこで注目しているのが「ソース原理」という組織論です。
最初に動いた人がソースと呼ばれる存在で、そのソースの中にサブソースが生まれていくという考え方です。サブソースをいっぱい作りたいんですよ。私の世界観の中でどうやって実現するかを自分で考え、動いてくれる人が増えれば、やりたいことがどんどん実現できるようになります。
会社は人材採用が全てだと思っています。アイデアはなんとでもなるけど、人がいなければ実行できない。 採用活動は営業活動と同義で全国行脚して、おかげで新卒はコンスタントに取れるようになりました。
離職率もかつての40%台から今は7〜8%まで下がっています。給与を上げて居心地のいい環境を作ることは大事ですが、居心地が良すぎるとぬるくなるのは悩みでもあります。
自走する組織をつくる未来塾・改善提案と異才の採用論
「モルツウェル未来塾」という社内の取り組みについて教えていただけますか。
ある日、「どうしたら出世できるか」と聞いてきた社員がいて、それがちょっと嬉しかったんです。嬉しくなった上司が何かしてあげたいということになって、手挙げ制で始まったのが未来塾です。
次世代人財を含めて20人くらい集まっていると聞いています。知人企業の経営者に講師に入ったりしてもらっていますね。
社内での改善提案制度も面白い仕組みですよ。パートさんも社員も関係なく、「ここはこうした方がいい」というアイデアを申請書にちゃんと科学的に書いて出すんです。
「0.2秒手を動かす距離が短くなるから、半年でこれだけ効率が上がる」などの計算式を書いて、2カ月に1回、審査会をして採用されたら報奨金が出る。認められるとパートさんもやる気になりますよ。
リーダーシップのスタイルとして、あまり前に出ないというのは意図的なことなのでしょうか。
あまり何も言わないようにしています。逆に言わないので困られるくらいで。よっぽどの時以外は言わないと決めています。頼られてしまうと絶対伸びないし、自分で考える方が持続可能性は高まると確信しているので。
現在、第二・第三工場の建設を進めながら、さらに東日本への第四工場の展開も見据えています。幹部からは「第四工場の話は早すぎる」と叱られることもあります。
ただ、伝わってはいると思っています。みんな大人しいけど、島根の出雲人はプライドが高い。いつかひっくり返すけどなと思っている国柄で、うちの社員も大人しいけどちゃんと考えてくれています。そういう雰囲気が好きです。
採用においても、ぶっ飛んだ経歴の人材を仲間に引き込むことが多い。応援してくれる人が増えてくると、そういった話がどんどんつながるんですよ。 浪江での新工場展開も、経産省を辞めた若者が面白そうだと飛び込んできた。ぶっ飛んだ人たちほど能力が高かったりする。AI時代に頭だけ鍛えてきた人が、今フィジカルな業界に目を向け始めていて、そういう人たちをどう引き込むのかも、これからの面白い課題だと思っています。
島根の地から「1等賞」を積み重ねてきたモルツウェルの次の挑戦を楽しみにしています。
誰もいない市場を選び、島根の地から挑戦を重ねてきたモルツウェル。その背景には、積氏と昭子氏が共に歩んできた30年の積み重ねがあります。B面では、二人の出会いや創業期の日々、夫婦で事業を支えてきた歩みに迫ります。
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