地域インフラとしての保育園留学
人口減少の最前線を照らす一寸先の光

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「厚沢部町は人口動態の最前線。ここで作る事業が、世界の解決策になる」
そう語るのは、株式会社キッチハイクで代表取締役を務める山本雅也さん。同社は自然豊かな地方に滞在し、子どもをその土地の保育園に通わせながら、家族ぐるみで地方暮らしを体験する「保育園留学」を主軸事業とする企業だ。本社を東京から北海道厚沢部町へ移転し、自治体や保育園と連携しながら過疎化が進む地域に新たな価値を創出している。

なぜ人口3,200人の小さな町に本社を構えたのか。かつて120人いた保育園の園児が今や60人と半減し、少子化と過疎化が複雑に絡み合う地域の最前線にこそ、同じ課題を抱える地域への解決策があると山本代表は確信する。

本記事では、地域の社会課題をミクロの視点で解決しながら「地域OS」として型化していく山本代表の経営哲学に迫る。

北川 共史
loconomiQ 編集長 ソウルドアウト株式会社
北川 共史 TOMOFUMI KITAGAWA
代表取締役社長CEO

1984年札幌市生まれ。2007年オプト入社、ソウルドアウト創業に参画。営業責任者として中小・ベンチャー支援の拡大を牽引。事業成長ならびに上場に貢献した後、CRO、マーケティングカンパニープレジデントを経て、2024年より専務取締役COO。現在は「ローカル&AIファースト」構想を掲げ、全国拠点展開とデジタル活用を通じた地域企業の事業成長支援を推進。2026年4月、代表取締役社長CEOに就任。あわせて、博報堂DYホールディングス執行役員に就任。

目次

    人口動態の最前線 厚沢部町で事業をつくる狙い

    VISION2050「地域を未来の先駆者へ。」について、地域が単に存続するのではなく、都市をリードする存在になれると確信した経緯を教えてください。

    まさに、厚沢部町との出会いですね。

    2021年の夏、我が家が「保育園留学」で初めて厚沢部町を訪れた際、見るもの感じるもの全てに心が洗われるような感覚がありました。

    元々は東京生まれで、当時は横浜市に住んでいたのですが、都市で最適化されて切り分けられているようなものが、必然的に最適化できないも含めてそのままの状態のものがたくさんあると感じて、そこに人間らしさを見出だせたのが大きかったです。

    東京を離れて厚沢部町に本社を構えることが長期的な資産になるという確信は、どこから来たのですか?

    まずは厚沢部町への感謝ですね。保育園留学を通じて「認定こども園はぜる」と出会わなかったら、家族の人生も変わらなかっただろうと思いますし、会社としても官民連携によって、過去にやったことのない事業をたくさん共創させてもらっているので、その恩返しとますますの事業パートナーになれればという想いで本社移転を決めました。

    もう1つは、厚沢部町が人口動態の最先端だと考えたからです。

    現在の人口は3,200人ですが、私が引っ越してきた4年前は3,500〜3,600人いました。5年前には120人いた園児も、今は60人と半分になっています。

    社会的な課題が複雑に山積している状況において、厚沢部町から生まれる事業が日本中・世界中の同じ課題を抱える地域の解決策になると確信しています。

    その哲学からすると移住も本社移転も、必然的なものだったわけですね。

    そうですね。コロナ禍を経て「地域リモート」という働き方をスタートしました。地域に住んでいる自治体の職員さんや保育園の先生方と連携しながら、オンラインも駆使して働く。今メンバーは業務委託含めて約100人で、東京近郊は20人、残り80人は北海道から九州までバラバラ。好きな地域に住んで、自分の地域でやれることをやるスタイルです。

    業務委託のメンバーは、キッチハイクのビジョンに惹かれて集まっている方が多いのか、プロフェッショナル性をもって成果として返してもらうことに集中しているのかでいうと、どちらになりますか。

    圧倒的に前者です。会社のパーパスとして「人生を謳歌する社会へ」と掲げていて、なにかをやるために、別のなにかを諦めなくてはならないシーンも多い時代だと思います。例えば子育てなのか、仕事なのかとか。

    東京じゃない場所に住んでみたいけど住めないといった制約が多い社会において、人生を謳歌するのは難しいので、メンバーには率先して新しいライフスタイル、自由な働き方を実践してもらっています。

    「一寸先は光」のスタイル 子ども軸の事業設計と成長戦略

    保育園留学が自治体の住宅・雇用・教育までレバレッジする装置として機能させることに挑戦しているようにお見受けしています。ビジネスモデルとしてのリターンはどのようにデザインされていますか?

    「戦略はあるけど戦術はない」という考えで、大きなビジョンは持ちながらも、それを抽象的に追うのではなく、方角をしっかり合わせながら、目の前の個別具体的なことにコミットするスタイルです。「一寸先は光」だと思っていて、「目の前で困っている人を助ける」とか、一寸先に見えることへの注力を大切にしています。

    メンバーには「具体の中に抽象はある。しかし抽象の中に具体はない。」と伝えていて、一寸一寸とコミットしていくと、当初描いていたものとは違う道のりになっていくのですが、この一寸の距離で見えることを、しかるべき方角に積み上げていくことこそが目の前を本当に良くする。2050年からの逆算でいくと、その足し算は巨大なものになるイメージをしています。

    事業としては、保育園留学を幹のようにして、様々な価値提供を広げています。例えば「特に地域では在園児が日常的に英語に触れる機会がない」という先生の声をヒントに、地域に多様性をもたらす英語人材を「ダイバーシティ・インストラクター」として、保育園に駐在する取り組みもスタートしています。厚沢部町以外にも15名ほどが各地に随時着任しており、日常のなかでこどもたちが英語や世界に興味を持つようになったと嬉しい声をいただいています。

    他にも地域とこどもたちのためになる価値を多層的に展開しており、さらにサステナブルな構造を目指しています。

    「一寸先の光」を長い目で見たときに、それを続かせていくためのビジネスモデルの設計はどのようにされているのですか。

    「3歩進んで2歩下がる」感覚ですね。バッと進めるけど「ビジネス的に違う」と思ったら下がる。でも1歩は進んでいますよね。

    地域リモートなので権限委譲は徹底していて、メンバーと会うのは年2回だけ。

    「志」と「アウトカムの数字」のみ共有して、あとは信じて任せる。「一人一人がキッチハイク代表だ」と言っていて、とある地域の園長先生が私ではないメンバーを本当に社長だと思っていたこともあります。でもそれがいい。ただし数字は徹底的に管理しています。

    保育園留学は単なる消費から投資へ行動変容を促す入口

    保育園留学が、単なる消費から「準市民」のような投資的な行動変容を促す入口だとすると、LTVとしてはかなり高くなると思うのですが、そういった狙いもあるのでしょうか。

    めちゃくちゃあります。保育園留学の事業価値はとても多面的で「正面がいっぱいある」と考えています。対地域で見ると、準市民、準町民のような考え方は真正面で、ふるさと納税で保育園留学できる「留学先納税」という取り組みも進めています。

    厚沢部町では、保育園留学だけで年間1,000万円のふるさと納税があります。リピートする家族もとても多くて、なんと8回以上も厚沢部町へ保育園留学されるご家族もおられます。移住家族も7世帯を超えました。

    保育園留学する家族が増えたり、移住する家族も現れると、町から見れば住民、在園児が増えて先生の雇用にもつながる。地域によっては保育園の収入が増えて、芝生の張り替えやエアコン設置、先生の賞与アップなどポジティブな話もよく届くようになりました。トータルのLTVとして多方面に貢献できる事業だなと考えています。

    お話を伺うほど、キッチハイクが提供する価値は、もはや「体験」という枠を超えて、地域のインフラ化を推進する装置だなと感じますが、他社が容易に参入できない理由を教えていただけますか。

    保育園留学は非常に多面的で、そのうち一面だけ真似をしても続かないことが背景にあると考えています。企業規模を問わず、類似のサービスが現れても消えていきます。

    やはり価値の作り方・装置性が多面的でないと継続しない。キッチハイクが厚沢部町に本社移転して私がここにいて、メンバー100人がいろんな地域に住んで、保育園に車で10分で行ける関係性あっての多面的な装置なので、その全部を真似しないと真似できないのだと思います。

    メンバーに子育て中のパパ・ママが多く、保育園の先生方の情熱や想い、現場の忙しさを理解したうえでやっているのも大きいと思います。

    地域リモートが社員一人ひとりにもたらす「社長の自覚」

    志が共通化された優秀な仲間は、どうやって採用しているんですか?

    私たちはエージェントを利用していないので、採用費はほぼ自社コンテンツのみです。

    キッチハイクでは「人生を謳歌しよう」というメッセージを打ち出しており、メンバーが人生を謳歌しながら働く様子をコンテンツにしています。謳歌というのは実はとても厳しくて、仕事・家族・人生、すべてを諦めず自分自身が実験台として後世に轍を作っていくようなイメージを持っています。この斜め上から楔を打つようなメッセージが効いている気がしていて、気づける人が必然的に集まっていますね。

    メンバーはバックボーンもバラバラで、業務委託を入れると7割程度が女性です。保育園留学を実際に体験した親御さんが入社したケースも多いです。

    全国に散らばる組織の形態を、あえて経営効率というドライな視点で見たときに都市集中の組織に勝っている点はどこですか?

    まず、デジタルの活用による業務効率の最大化はやらざるを得ません。ミーティングは全部オンラインなので、全部がドキュメント化されます。Slackのコミュニケーション速度、情報のオープン化が振り切ってMAXの状態になります。

    さらに、地域の現場で目の前の人と仕事をする時は100%コミットします。この振れ幅が両方MAXまで振れているのが強みですね。基本的に各地域にはだいたい一人しかおらず、地域の方々と対峙するときは、メンバーがキッチハイクの事業や想いを全部語れるようになる必要があります。それが一人一人が社長という感覚を促す仕組みです。

    厚沢部町の成功体験を展開していくための「地域OS」

    厚沢部町での成功体験を型化していく取り組みとして「こどもと地域の未来総研」を設立されましたが、全国・世界に輸出する際に定義するとしている、キッチハイクが保有する「地域OS」とは具体的に何を指すのでしょうか。

    「こどもと地域の未来総研」は、さまざまな相談をいただくようになって設立しました。園や自治体を訪問すると、ミーティング後に「そういえば、町内ブランドのこういうデザインできますか?」「保育士が足りなくて困ってるんだけど」「在園児に英語を教えたい」みたいなちょっとしたお悩み相談をしてもらえるんですよね、嬉しいことです。

    それら全ての解消に向けた実行を、個別具体的に進めていくことを表明するために「こどもと地域の未来総研」を設立しました。まずは再現性の有無を問わず、ある保育園の先生1人が困っていることを解決するだけでも良い、n=1 の超具体のミクロなことを全部やるのが未来総研のスタンスです。その積み重ねが解決ノウハウや仕組みとして溜まっていき、パッケージになって、「地域OS」になるイメージです。

    行政との仕事は大変なイメージもありますが、仕事のスピード感やコスト感などでの課題もありますか。

    保育園留学は今60地域以上になっていて、その半分以上が過疎認定された人口1万人以下の小さい町です。そういった小さい町はめちゃくちゃ早いです。

    厚沢部町は担当者が「むしろ待ってました」という感じでした。まるでスタートアップのような雰囲気で2カ月で動いてくれました。子供も人口も産業もどんどん減ってしまうなか、「今なんとかしなければ取り返しがつかない」という覚悟と当事者意識をお持ちなんです。

    AI時代の子どもの成長に必要な「Lifelong Gift」

    2025年の12月には、コンセプトが「Lifelong Gift」へアップデートされました。「関係人口の創出」から、ご家族向けの保育園留学として、より一人ひとりの人生に寄り添うメッセージになったように感じます。今回のアップデートには、どのような背景や思いがあったのでしょうか。

    「Lifelong Gift」は子ども、そして社会に対するテーゼですね。

    「0to9 for 10to100」0歳から9歳の間にした体験や、どんな価値観をもったかが、10歳から100歳の人生に大きく影響するという話です。

    きっかけとなったのはAIです。これだけ浸透が加速する時代において、子供たちの育ち方にもAIが関わってくる。そういう時代に0〜9歳の間で本当に必要なものを保育園留学がリードして考えていこうという意思表明です。対AI時代の保育・教育の物差しを作るイメージです。

    まだまだ成長フェーズとされていますが、どの変数が動けば爆発的に飛躍するフェーズになるのか。未来に描いている収益構造を聞かせてください。

    これは「ゴリラになろうと思っている」が回答になりますね。

    元京大総長・霊長類研究者の山極寿一さんから「ゴリラは目の前のことに集中する。視界に入ったものに完全コミットする。人間は先のことを気にしすぎではないか」という話を聞いて。抽象的な戦略や中長期の話ばかりしていると、視界に入っている人がないがしろにされます。繰り返しますが抽象の中に具体はありません。価値は必ず一寸先から生まれるものです。一方で方角を間違えてもなにも積み上がらない。だからこそ方角をしっかり見極めつつ、私はゴリラでいきたい。その先に利益はついてくると考えています。

    地域OSで変えていくという試みが、いち企業のPLにどう反映されるのか、とても大きな挑戦だと思います。次の記事では、この壮大な挑戦の原点となった、山本氏自身が父親として直面した待機児童問題の葛藤やキャリアの軌跡に迫ります。

    地域の課題に向き合いながら、保育園留学という新しい仕組みを形にしてきた山本氏。B面では、その挑戦の背景にある自身の原体験や、厚沢部町への移住、家族と向き合う中で生まれた思いを紹介します。

    北川 共史

    北川 共史 TOMOFUMI KITAGAWA

    編集後記

    今回の取材を通じて深く印象に残ったのは、山本さんの「地域を未来の先駆者にする」という壮大なビジョンの根底にある、徹底した具体への手触り感でした。

    「一寸先は光」と力強く掲げながら、目の前の小さな困りごとを泥臭く解決し続けることこそが、結果として地域OSという巨大な社会変革に繋がると断じる姿に、凄みを感じました。この徹底した現場主義の経営観は、待機児童問題に直面し、娘さんの人生を偶然に委ねたくないと葛藤した一人の父親としての原体験から生まれています。効率よりも地域とのウェットなつながりを選び、あえて全国にメンバーを分散させ、自ら北海道・厚沢部町へ拠点を移した決断も、哲学に根差した確信の表れ。

    保育園留学を通じて家族の幸せや、人生が好転する出会いをビジネスの力で社会インフラへと昇華させようとする山本さんの姿に、未来を切り拓くリーダーの挑戦の精神を感じました。

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