「地域にまるごと賭ける」経営
三島のゼネコンが選んだ非合理な勝ち筋

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「本業が良い間にこそ、難しい方に手を打っておく。それが結果として会社を成長させてきた」 そう語るのは、1946年2月設立、静岡県三島市に拠点を置く加和太建設株式会社代表取締役の河田亮一氏。建設業を核に、まちづくり事業・酒屋や旅館の事業継承・就労支援フランチャイズ・SaaS開発まで手がける地域密着型の企業として、多角的な成長を続けている。

建設市況が空前の好況を迎え仕事が溢れている今、多くのゼネコンが本業への集中を選択している。しかし同社は、静岡県東部が2050年までに人口80万人から50万人へと30万人が消えようとしている現実を前に、短期的な利益よりも地域の持続可能性に賭けると決断。

なぜ今、地域課題に向き合うのか。事業継承や横断的な連携、建設業の収益構造を変える構想まで、河田氏が語る「非合理に見えて実は最も合理的な経営」の真相について伺った。

北川 共史
loconomiQ 編集長 ソウルドアウト株式会社
北川 共史 TOMOFUMI KITAGAWA
代表取締役社長CEO

1984年札幌市生まれ。2007年オプト入社、ソウルドアウト創業に参画。営業責任者として中小・ベンチャー支援の拡大を牽引。事業成長ならびに上場に貢献した後、CRO、マーケティングカンパニープレジデントを経て、2024年より専務取締役COO。現在は「ローカル&AIファースト」構想を掲げ、全国拠点展開とデジタル活用を通じた地域企業の事業成長支援を推進。2026年4月、代表取締役社長CEOに就任。あわせて、博報堂DYホールディングス執行役員に就任。

目次

    業界変革から地域課題解決へ フェーズを転換した理由

    改めて、加和太建設の事業の軸についてお聞かせください。

    「地場ゼネコンの変革」という軸で事業展開してきました。地方から日本を元気にするために、地場ゼネコンがまちづくりの領域に入っていくことが、ビジネスの成功確率を高めるという考え方です。 我々がそのロールモデルとなることで、全国の地場ゼネコンが街づくりに参画するきっかけになればという目標を持ってやってきました。

    ただ、ここ1年ほどで外部環境が大きく変わりました。 建設市場はバブルに近い活況で、案件数はバブル期の6割程度なのに単価だけが上がっている。一方で、工事量が追いついていないため、どこも選別しながら受注できる状態です。

    こういう時代に「変革が必要だ」と言っても、相手側に危機感がないから刺さりません。変革を志した経営者が既存の役員や社員を巻き込みながら新規事業に踏み込む難しさも、さまざまなケースを通じて実感してきました。

    そうした外部環境の変化が、フェーズ転換の判断につながったんですね。

    建築費や人件費の高騰、金利の上昇という外部環境により、地域に根ざしてきた事業の継続が難しくなっています。我々が日々暮らすこの地域から、さまざまなサービスが消えていく未来が見えるのです。

    それならば、地場ゼネコンの変革を全国に広めようとするよりも、自分たちが暮らすこの地域で持続可能でなくなっていく事業を引き受けていく方向に本気でシフトしようと考え、今年1月に経営方針として発表しました。

    今の建設市況であれば、本業に全集中した方が短期的に収益を生めるように感じますが、それでも地域課題の解決に舵を切るのはなぜですか。

    使命感ももちろんありますが、それだけでなく、戦略的な判断でもあるんです。

    成長できた背景には、外部環境を先読みして先に難しい方に手を打ってきた経緯があります。 好調な時期だからこそ、次の厳しい局面に備えた投資を先にしておく。建設バブルがいつはじけるかはわかりませんが、地域課題解決というコアを持っていれば「筋肉質な会社」として選び続けてもらえる。一見非合理なようでいて、全部つながると実は合理的なんです。

    今年1月の方針発表では、4割の社員がワクワクしていると答えてくれました。 「日本が1億2千万人から1億人になる」話より、「静岡県東部が2050年に80万人から50万人になる」話の方が、社員にとって当事者意識を持ちやすい。この組織文化があってこそ、長期の勝負ができると思っています。

    「事業継承を相談される会社」になる 酒屋と旅館が繋がる意味

    地域の事業を引き受けていくというのは、具体的にはどういった動きになっていますか。

    地域の事業者から私たちへ、相談が来るようになっています。 先日は、老舗の酒屋を事業継承しました。焼酎ブームの前から蔵元と直接取引をしてきた、こだわりの一店です。後継者不在の中、業界内で高く事業売却できる話もあったそうですが、「このお酒を地域のために使ってくれる人に渡したい」と言って来てくれました。

    最初は戸惑いもありましたが、街の中に物件があって、入居している飲食店に蔵元直送のお酒を案内できる。採用をかければ酒屋単体では集められない人材も来てくれる。この街にはない角打ち文化も作れるかもしれない。

    単体では持続が難しくなっていた事業が、横断的につながることでサービスそのものをアップデートできる。それが持続可能な形につながっていくと考えています。

    旅館の事業継承も予定されているとお聞きしました。

    家族経営の旅館があり、無理をしながらでも運営を継続されてきましたが、そのご家族の限界がきてしまったら終わりという状況でした。

    そのまま売却すれば解体されてマンションになる可能性が高い。でも、ビジネスホテルと安価な価格帯のゲストハウスに加えて、この街にもう少し違う滞在体験ができる場所があるといいなと思っていて。「建設業ですら、地域で循環を生み出すための一つの事業にすぎない」という絵が少しずつ具体的になってきています。

    こういう形で相談が来るようになったのは、私たちが単なる建設会社ではなく、地域のことを本気で考えている会社だと評価いただいているからだと思います。大切に育ててきた会社を、地域のために使ってほしいと任せてもらえる。その信頼に応え続けることが、結果的に私たちの事業の幅を広げてくれています。

    横断的な連携の考え方は、ピラミッド型の組織では生まれにくいと思います。組織のあり方もセットで変えていくのでしょうか。

    建設業はもともと、ピラミッド型の指示・命令系統が機能しやすい産業です。図面があって、形にして、職人さんたちをマネジメントしていく仕事の性質上、トップダウンの意思決定と親和性が高いのです。 でも、地域のありとあらゆる課題を事業として横でつないでいくためには、アメーバ型のフラットな組織でなければ生まれてこないものもあります。

    2026年の4月から、取締役会設置会社から取締役会非設置会社に変えて、私を中心にフラットな組織を作るフェーズに入りました。これまでの体制を一新し、DirectorやGeneral Managerという役職で再構成しています。肩書きで呼ぶことさえやめたい。1年かけて、仕事の中身と組織文化の両方を変えていく。それが2026年最大のテーマです。

    失敗から学んだ地域の解像度 富士宮での挫折が教えてくれたこと

    「大社の森」など成功事例がある一方で、うまくいかなかった取り組みもあるとお聞きしました。

    2025年12月に閉業した、富士宮市でのクラフトビール工場・レストラン事業です。富士山の麓にある浅間大社のすぐそば、湧き水が豊富なロケーションで、「これで人が集まらないわけがない」と思っていたのですが、うまくいきませんでした。

    最大の原因は、地域に対する解像度の低さです。富士宮は三島から富士・沼津を越えた先で、人脈も知識もゼロの場所でした。街の歴史も文化も生活習慣も全く勉強せずに参入してしまった。夜は隣の富士市に飲みに行き、移動は家族に運転してもらう。そういう習慣を知らないまま「参拝客と富士山ブランドがあれば大丈夫」と安易に考えてしまいました。

    今の酒屋や旅館の事業継承とはどこが違うと分析していますか。

    端的に言えば、三島という街を長年かけて深く知っていることと、そこに強い人的なつながりがあるということです。富士宮で取り組んだこととの本質的な違いは、そこだけだと思っています。

    地域で何かを起こすためには、その地域のことが血肉になっていないと始まらない。これは当たり前のことですが、当時は「いい場所があれば地域は関係ない」という慢心がありました。

    大社の森が成功したのも、三島という街に長年かけて根を張った上で、地域の人たちと一緒に進めたからです。フォーマットとして同じことを別の街でやろうとしても、その背景となる情報がなければ全く別物になるのだと学びました。

    施主と同じ方向を向くために変える、建設業の収益設計

    多角化が進む中で、建設業そのもののビジネスモデルも変えていくというお話もありました。

    「建設業は最初にスポットで利益を確定させる」という文化を変えなきゃいけないと思っています。今まで自社の新規事業(飲食店や旅館など)を始める際に、建設単体で利益が出るように工事を請け負うという形が当たり前でした。同じ社内なのに、建設部門として工事分の売上を立てることで初期投資が膨らみ、事業運営の薄い利益でその初期投資を回収する構造になっていました。

    そこで、まず自社の事業の中で、建設だけで利益を見ることをやめて、原価を抑えて良いものを作るという発想に切り替えていく。そうやって初期投資を抑えることで、その後の事業で収益化をしやすくなる。その経験を積んだ上で、地域の他の事業者にも「最初の施工コストではなく、事業が育ってから一緒に利益をいただく」という新しい契約の形を提案できるようになりたいと考えています。そうなれば施主と本当に同じ方向を向けます。

    今の構造は「完成するまでが仕事」なので、どうしても最初に利益を確定したくなる。その矛盾をちゃんと変えていきたいんです。

    実際問題、それでキャッシュフローは成立するんですか。

    全部の利益を薄くしてしまうとキャッシュフローが成立しないので、請負額の8〜9割はこれまで通りいただき、残りの1〜2割をどうするかをデザインしていくイメージです。

    今の市況では業界の営業利益率が10%前後まで上がっていますが、少し前までは3〜5%だった時期も長かった。この好況期のうちに、その余剰分を仕組み作りへの投資に充てていきたいと考えています。

    建設会社が地域の事業者と「ともに育てる」立場になれれば、顧客との接点がずっと続くし、事業間のシナジーによってより稼ぎやすい形になっていく。今はその実験を自社の中で積み上げているフェーズです。 まちづくり事業への投資は3年を一つの目安に見ていますが、それも絶対ではない。事業の性質によって柔軟に対応しています。

    社員全員が書く論文コンテスト 組織が変わった12年間

    加和太建設の組織文化として、12年続く論文コンテストをされているのも印象的でした。

    毎年、管理職以外の全社員が、2000字以上5000字未満の論文を書きます。 テーマは「会社のミッション・ビジョン・バリューに照らして、今年一番頑張った仕事について書く」というものです。上位30〜50作品を冊子にして本人と家族に配り、最優秀を含む上位10作品は総会で壇上に上がって話をしてもらいます。

    当初は、「文章を書く仕事をしたくないから現場監督をやっている」という社員も多く、A4用紙の3分の2くらいしか書けない人も少なくありませんでしたが、12年続けることで今は全員が書けるようになりました。

    始めたきっかけは、多角化が進む中でお互いがやっていることの見えない部分が増えてきたことです。この取り組みを通じて、仲間同士の仕事に対する解像度が高まっています。

    社員の論文で、特に印象に残っているエピソードを教えてください。

    毎年、採点しながら泣いてしまうくらい感動するものがあります。 今年の最優秀賞は入社5〜6年目の土木現場監督でした。工業団地の造成現場を使って、進出企業・既存事業者・地域の学生を集めた職業体験イベントを自分で企画・実施した。行政の許可を取り、学校へのチラシ配布まで一人でやり切った。図面通りに仕事をすればいいはずの現場監督が、誰かに指示されたわけでもなくここまでやる。

    報告は受けていましたが、なぜやろうと思ったのか、途中の困難をどう乗り越えたかは、論文を読んで初めて知ることになります。私にとっても6割は新しい情報で、他の役員に至っては9割近く知らなかった例もある。この仕組みがなければ、バリューはただのスローガンで終わっていたかもしれません。

    新卒の入社直後にまちづくり研修を入れているのも、「伝えるより体験」という発想からでしょうか。

    まちづくりへの共感で入ってきた新卒に対して、4月から7月頃までの間にチームで地域課題を見つけて解決するイベントをやりきってもらう研修を取り入れています。 
    地域の現状把握から始まり、やりたいことを実現するために地域の人を巻き込んで、社内外の協力を得て実際に実行する。これが本当に大変なんです。

    でもこの研修の本当の価値は、現場の先輩社員が体感することだと思っています。
    新卒がまちづくりのイベントに取り組んでいるのを見て、「楽しいことばかりやっているように見えるけど、これはものすごく大変なことなんだ」と先輩が気づく。理念を言葉で説明するより、目の前で体験してもらう方がはるかに伝わります。

    ステークホルダーが多くて泥臭い現実を、入社1年目の新入社員が身を持って見せてくれる。これが毎年続いているんです。

    企業としての成功の定義は「社員の自己実現の場であること」

    売上以外の指標として、加和太建設が「成功した」と言える状態はどんな状態ですか。

    「会社が社員にとって自己実現の場であること」が一番です。自己実現の中身は私がコントロールできないし、するつもりもない。目の前の課題や「もっとこうしたい」という思いを、他人事にせず、会社を使って実現していける場所にしたい。

    最近、そういう社員が出てきています。総務課長は、就労支援のフランチャイズ事業を立ち上げました。ご家族が当事者であることから障がい者支援の現実に向き合い、「障がい者の方だけでなく、引きこもりの子など、支援からこぼれてしまっている人たちが社会に出るきっかけを作りたい」という思いが生まれた。

    簡単なことではありませんし、私はすぐには「いいじゃん」と言えませんでした。10人にとっての居場所になったらやめられなくなると伝えた上で、それでもやると言うので腹をくくりました。今も総務と並行してその事業を走らせています。

    河田社長自身も、まさにその「自己実現」をしてきた人ですよね。

    そうなんです。東京にいた頃は、地域で働くことや建設業で働くことに、楽しさや幸せを見出だせていませんでした。でも今は、自分で未来を描いて、仲間を集めて結果を出す毎日。それが本当に面白くて、想像もしなかったところまで来られたと感じています。

    社員の皆にも、そういう経験をしてほしい。小さな世界でもかまわない。自分が解決したかった課題を解消できる瞬間がある会社にしていきたいです。それが実現できたなら、三島の街と共に成長し続ける会社になれると考えています。

    加和太建設が三島から地域経営の新しいモデルを生み出していく姿を、これからも追い続けたいと思います。次の記事では、河田社長のビジネスの原点に迫ります

    北川 共史

    北川 共史 TOMOFUMI KITAGAWA

    編集後記

    図面通りに仕事をすればいいはずの土木現場監督が、誰に指示されたわけでもなく、地域の学生を集めた職業体験イベントを自主企画・実施したという話に、加和太建設の本質を見た気がしました。
    12年間続く全社員論文の営みは、単なる組織開発ではなく、三島という街に一人ひとりが個人として向き合うための場でもあるのだと感じます。

    その延長線上に、同社の事業の形があります。
    「建設業ですら、地域で循環を生み出すための一つの事業にすぎない」という言葉が、多角化ではなく、三島へ真剣に向き合っている姿勢を示しています。

    2050年に30万人が減少するとされている地域の現実を前に、あらゆるチャレンジ通じてを三島の土地に向け続けるその姿こそが、加和太建設の強さの源泉ではないかと感じました。

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